スペースマーケットCEO重松大輔の摩訶不思議なキャリア(前編)


スペースマーケットCEO重松大輔の摩訶不思議なキャリア(前編)

スペースマーケットCEO重松大輔の摩訶不思議なキャリア(前編)

新サービス「ジョブクル」のローンチに合わせ、オウンドメディアであるThe New Work Timesも創刊。その栄えある第一回インタビューは、スペースマーケットのCEOである重松大輔氏だ。

スポーツ写真のパイオニア的存在であるフォトクリエイトを上場に導いた直後に部長の座を捨てて退職。そこからスペースマーケットを起業し、各ピッチコンテストで連戦連勝。2014年、最も注目を集めたスタートアップと言っても過言ではないだろう。

そんな注目企業のCEOである同氏だが、彼のルーツを辿れば、社会人生活はスタートアップとは正反対と言える超大手企業であるNTT東日本からスタートしている。

今回のインタビューでは、NTT東日本からフォトクリエイトへの、“1度きりの転職”で人生の航路を大きく変えた、摩訶不思議な重松氏のキャリアに迫った。

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「ネットが好き」、「人気企業」、そんな理由で入社したNTT東日本。

– 重松さんは新卒の時、NTT東日本に入社されたとお聞きしましたが、どうしてでしょうか?今の重松さんの勢いを見ていると、ベンチャー出身と言われた方が説得力がある気がします。

重松:今もあると思うのですが、就職人気ランキング、あれでNTTがあの当時ずっと1位だったんですよ。それで、とりあえず受けてみたら受かったというのもあります。

あとは、インターネットが当時から好きだったというのも理由の1つですね。インターネットといえば、当時はNTTだったので。それに、ISDN→ADSL→光ファイバーと、すごいスピードでインフラも整備されていましたしね。

– そんなNTT東日本では、主にどのような仕事を?

重松:最初の3年間は回線工事の受付といった、コールセンターでいうSVのような仕事でしたね。周りの先輩が平均年齢55歳という感じだったので、すごく頼りにしてもらいましたよ(笑)。1番の若者=1番ネットに詳しいという感じで。

その後は、千葉支店の法人を管轄するような部署に移って、法人企画担当のような仕事をやらせてもらいました。千葉支店とは言っても、年間ウン億円という予算があったので、PR誌を作ったり、キャラクターを作ったり。今思うとすごい良い会社ですね、NTT(笑)

– 年間、ウン億円の予算も持って、PR誌の編集長もやって・・・若手ながらも相当な裁量で仕事をされていたと思うのですが、何故、退職を?

重松:NTTは福利厚生や働きやすさにおいても、素晴らしい会社だと思います。ただ、“将来が見えてしまった”んですね。安定している会社は、何年後にどこに部署に行って課長をやって、いずれ地方の支店の責任者をやって・・・と、未来の自分の姿が容易に想像できたんです。

これはこれで本当は素晴らしいことだと思うんですけど、僕の中で、「昇格していくことが目的」のように感じられてしまって。それでベンチャーにチャレンジしたくなったんです。友達が何人か起業していたこともあって。

ただ、自分がいきなり起業っていうのは、正直イメージがつかなかったので、まずはベンチャーで修行してそれから企業しようかと。その時、たまたま会ったのがフォトクリエイトの現会長であり、NTT時代の同期であった白砂さんなんですよ。

会社名で勝負できない、だからベンチャー企業は力がつく。

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– そこで口説かれてフォトクリエイトに入社。またどうしてフォトクリエイトだったのですか?かなり特殊な業態と言えますよね?

重松:個人的に好きなイベントというモノに関わる事業ということで面白そうだなと。あと、思い出を写真にして残す、渡すというのはユーザーの方によろこばれる仕事じゃないですか。

– フォトクリエイトでは主にどのような仕事を?

重松:ベンチャーですから、複数の業務を兼務していましたよ。新規事業を中心に、採用と、広報・PRと幅広くこなしていましたね。あとは、大企業とのアライアンスを当時から結構、やっていました。

– いわゆる大手からベンチャーに移って、一番大きく変わったなって思ったところはどこですか?

重松:「自分の給料は自分で稼げ」というところですかね。ネームバリューがある

NTTの時は、誰でも知っているから社名で勝負できました。それこそ会社名を言うだけで相手の腰が低くなるような。

でも、フォトクリエイトは誰も知らない。ですから、NTT時代とは逆で、足下を見られることや、不当な条件を突きつけられたることもありましたよ、「許可してあげるから、これくらいはお金を払ってもらわないと」みたいな。

まぁ、ビジネスモデルが独創的で斬新だったこともあって、「儲かるの、それ?」と馬鹿にされることも多くて、悔しい思いすることも結構、ありましたね。

そういうのは、見返してやろうと思って仕事に励んでいました。フォトクリエイトもどんどん知名度と実績を上げていった時、実際に僕たちを馬鹿にしていた人たちが、どんどん手のひらを返していったのですよ(笑)

– それを見ていくのは気持ちいいかもしれないですけど、決してポジティブな喜びではないですね(笑)。

重松:そもそも、手の平を返すようなことはしちゃいけないと思うんです。だから僕は、ベンチャーの方とか、今は全然知られてない方とかでも、優しくするようにしています。自分がされた嫌なことはしない、ベンチャーだけでなく人としても当たり前かなと。

起業直前、盟友・吉田浩一郎の一言で社名を変更する。

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– そして、起業。これは以前から決めていたことですよね?

重松:ええ、上場したタイミングで卒業しようと思っていました。自分が入社した段階で、フォトクリエイトはすでにビジネスモデルも完成していましたし、今度はビジネスを創る側に回ってみたいなと。

そしてフォトクリエイトで無事、上場を果たせました。上場は上場で一度、この目で見たかったんですよ。自分の関わっていた会社が、社会に受け入れられる瞬間って、最高じゃないですか?

– ちなみに、スペースマーケットの事業のアイデアは、どういうところから、生まれてきたのですか?

重松:とにかく起業がしたかったので、色んなビジネスを考えていました。それこそ、100個くらい。歳も歳なんでね(起業時は38)、失敗したくないなって思って(笑)。

でもやっぱり、自分がやっていて楽しくて、かつマーケットがあるビジネスをしようと思っていました。その時に見つけたのが、アメリカの貸しスペースの事例です。

– 先ほど、「自分がやっていて楽しい」とか「わくわく」って単語がよく出てくるなと思って聞いていたのですけど、やっぱりお金ではなく面白さ?

重松:普通に考えたらコンサルティングとか人材紹介とか在庫を持たないしカラダ一つで出来るので、そっちの方が儲かるんですよ。でも、それじゃつまらないじゃないですか?どうせやるのなら、色んな人を巻き込んで面白いビジネスを作って、世の中の新しいインフラをつくりたいじゃないですか!

– サイトで目につくのはお城や野球場、古民家などのユニークなスペースになりますが、何気に隠れ家カフェとかすごくいいですよね?

重松:そうそう、今めちゃくちゃ稼働しているんですよ。夜のカフェって、お客さんの回転がすごく悪いから、儲からないんです。でもスペース貸しの場合は、場所を貸して掃除するだけで、こっちのほうがよっぽど儲かると喜んでもらっています。

例えばコーヒーが一杯500円の人だとして。1万円稼ぐのに20人のお客さんに来ていただく必要がありますけど、スペース貸しの場合はすぐに稼ぐことが出来ますしね!

– ちなみ、社名(スペースマーケット)の由来は?

重松:ちょうど一年前くらいに、フォトクリエイトでクラウドワークスの代表の吉田浩一郎くんのイベントをやったときに、色々と相談に乗ってもらったのですよ。彼とは昔からの友達でして。

まぁ、あの・・・正直言うと、違う会社名にしようとしていたのです。今でも恥ずかしいのですけど、「クラッチヒッター」っていう・・・

– え(笑)?

重松:好球必打って意味なのですけど(笑)。この名前にしようと思った理由は、サービスがコケるのが怖かったから。「スペースマーケット」と大々的に名乗って、このビジネスでこけたら会社のイメージも悪くなるじゃないですか?

だから、最初はクラッチヒッターにして、成功したら変えようと思っていたのですが、吉田さんに、「甘い」って言われましたよ。

「そんな覚悟でやったら絶対失敗する。失敗したら、その時、名前変えればいいじゃん」と言われました。

まぁ、これも正直な話なんですけど、クラッチヒッターという社名でハンコまで作っていたんですが、やめました!でも、吉田君の言葉通り、スペースマーケットにして大正解でしたね。

(つづく)

後編は12月24日(水)に公開予定です。後編では、転職というキーワードから、重松さんが一緒に働きたいと思えるような人物像、そしてスペースマーケットのこれからについて語っていただきました